ケンミン食品・高村祐輝による、
トップシェフ対談シリーズ。
第1回目は、「予約が取れない店」として名高い人気割烹
「衹園 さゝ木」の店主・佐々木浩さん。
和食料理人が考えるビーフンの魅力、
ビーフンを通して提唱したいコトとは?
また、日本の食文化への飽くなき想いから
ミシュランガイド3ツ星を獲得した、
名店ならではの流儀まで。
白熱したトークが繰り広げられた。
名シェフが魅せる、ビーフンの新たな価値
高村(以下、高):佐々木さん、今日はビーフン料理のご提案を、本当にありがとうございました。
佐々木(以下、佐):とんでもない! だけど新プロジェクト【ビーフンPower Session】の、レシピ考案の話をいただいたとき、かなり悩みました。なぜかって、ビーフンのレシピは、和洋中、星の数ほど出ていますから。あらゆる料理人がビーフンを使っていて、その中で重複しないメニューをというのは正直、とても難しかった。『衹園 さゝ木』ならではのエッセンスを加えつつ、「ケンミン食品のビーフンは面白い!」というのを、うまく伝えたいという思いで、家でも簡単に作れるレシピを考えました。
高:3品ものご提案、本当に感謝しています!まず最初に、ケンミン食品の新プロジェクト【ビーフンPower Session】について、その背景を伝えさせてください。ケンミン食品は2020年で創業70年を迎えました。祖父・高村健民が台湾出身で、戦後、神戸へ。同じくして、台湾やアジアから引き揚げてこられた方から、「現地で食べたおいしいビーフンを食べたい」という声に応えるかたちで、ビーフンをつくりはじめました。健民は当時、“米は五穀の王様”と呼び、米からできたビーフンが人々の健康のお役に立てることができるのではないかと信じておりました。日本、そしてアジア地域の人々にとって、米は重要な食べ物、という信念を持ち70年間作り続けてきました。
佐:戦後に製造を始められたのですね。
高:はい。日本に輸入米が入るようになった戦後、製造を始めたのです。最大の危機は、1980年代。米の輸入規制がなされ、原料が入らなくなり、満足のいく品質のビーフンが国内で製造できなくなり…。実は、インディカ米でないとビーフンは作れないのです。
佐:コシヒカリやニホンバレなど国産の米で作ることはできないのですか?
高:難しいと思います。米に含まれるデンプンは、アミロースとアミロペクチンという2つの成分から構成されています。アミロース含量が高い「高アミロース米」は粘り気が少なく、ビーフン製造に適しており、インディカ米がまさにそれなのです。祖父は、「米だけで作りたい」という揺るぎない思いを持ち、日本でインディカ米の輸入ができなくなった後、タイで製造を始め30年が経ちました。“米100%”でビーフンを作っている企業は、私たちの生産規模では世界に類を見ません。
佐:どんな製造工程を経て、ビーフンが生み出されるのでしょう?
高:まず米を精米機にかけ、浸水させて柔らかくした後に、グラインダを使い米をすり潰し、脱水します。そこから米を蒸し、餅の一歩手前くらいの状態になれば、ところてんのように押し出して麺状にし、乾燥させます。しかし、デンプンというのは糊化しないと美味しくならないので2回目の蒸しを施し、うどんみたいに寝かせて熟成させます。この時点で、めんがくっついているため、手作業で一本一本をバラします。これは、米100%だからこその手間でして。他社さんのように、デンプンを混ぜるとバラけやすいのですが…。本当に非効率ですが、原材料は米のみ、というのにこだわって製造をしています。
佐:めちゃくちゃ手間をかけて作っているんですね。
高:ケンミン食品が、そのことをしっかり、消費者に伝えられているのだろうか? そしてビーフンの新たな価値を、さらには先にある可能性を見出したい。そこで、佐々木さんをはじめ、トップシェフの皆さまにお力をお借りしたいと考えています。
佐:任してくださいよ。
高:ありがとうございます。今回、佐々木さんに考案いただいたビーフン・レシピ、その発想の源とは?
日本ならではの「口中調味」を、3つの調理法で表現
佐:テーマは、「日本人ならではの食文化」です。日本では、米(茶碗)を左手に持ち、右にお箸を持ちます。左利きの方は逆ですけど基本的にはね。そして、白ご飯を頬張り、おかずと一緒に口のなかでミキシングするのが、日本ならではの食文化です。一方、西洋は前菜・スープ・メインと料理が順番に出てきて、その間に供されるパンをソースに滲ませて食べます。また、中国料理であれば、アテ的な料理が何品も続き、最後にご飯がやってくる。その点、日本人は例えば白ご飯にタラコをのっけて、ホウレン草のおひたしと一緒に…と、口のなかで「口中調味」を行う。この日本特有のスタイルを、ビーフンでいかに表現するかに重きを置きました。しかも原料が米のみということで、和食のダシとも実に相性がいい。そして完成した3品。まずはビーフンを“煮る“ということで、牛ロースとビーフンを卵で閉じた「牛ロースとビーフンの柳川風」。“和える”という和食ならではの技を取り入れた、「鯖缶とたらこの冷製ビーフン」。そして“炊き込む”という調理法のもと生まれたのが、具材をたっぷり加えた炊き込みご飯、ならぬ「炊き込みビーフン」です。「米とおかず」の相性の良さを、ビーフンで表現しました。
高:3品もの料理をご提案いただけて、感激です。ありがとうございました。
佐:ずばり、“ビーフンは食感!”ですよ。茹で加減や煮込み時間などにより、自由自在に食感を変えることができるのが面白い。氷水で締めたときの、シャキッとコシがある食感も私は好きですね。調理工程の中で、どんな食感を際立たせたら良いのか、という点を工夫しました。また、ビーフンは“味を含ませるからこそ旨い”食材です。ラーメンにスープの味なんて含ませたら、ふやけて食べられない。あれはスープを絡ます料理だからね。
高:ビーフンは伸びにくい特性があり、佐々木さんがおっしゃるように、副材料や調味料の味を染み込ませる食べ方が適していると思います。今回、教えていただいた3品はまさにそれぞれとても驚きの美味しさでした。また、それぞれのビーフンの加熱やしめ方によって、めんの食感が違う“ビーフン、三変化“で、料理の食材や味に合ったビーフンの質感の出し方を学ばせていただきました。小鍋仕立ての「牛ロースとビーフンの柳川風」は、麺にしっかり熱を加えているけれど、ツルンとしたコシを残した仕上がりです。鯖缶を使った冷製ビーフンは、氷水で締めた後、麺がくっつかないように鯖缶の汁を絡めるなど、ちょっとしたコツに目から鱗。そして「炊き込みビーフン」は炊飯器で1時間も炊いているのにビーフンが崩れることがない。歯切れがいい独特の柔らかさで、鶏肉ほか食材の旨みがいい具合に、ビーフンに染みていました。
佐:そう言ってもらえると嬉しいですね。
“魂を込めて”生み出される、力がある料理
高:私にとってとても印象的だったのは、佐々木さんが、氷水で締めたビーフンを両手で包み込み“ギューッ”っと水切りする所作、そして食材に触れる丁寧な手つきです。私自身、ある言葉を常に心に留めながらビーフンを製造しています。松下幸之助さんがおっしゃった「商品は我が娘」です。我が子のように手塩にかけて育てている、というモノづくりに対する責任、そしてお客様へ届けた後、その商品が十分お役に立っているのだろうか…と、気にかける姿勢です。そういった点で、佐々木さんがあのように丁寧にビーフンを料理してくださる姿を見て、まるで自分の娘を嫁に出したような、晴れ晴れとした感動をいただきました。そこで。料理に対しての佐々木さんの思いをお聞かせいただきたいです。
佐:自分が作ったものをお客様には笑顔で食べてもらいたい。やはり、そこには“魂”が入りますよね。僕が筆頭となり、調理場、洗い場や掃除担当など全スタッフが一丸となり、魂を込めた料理には、やはり「力」がある。ですから、ビーフンの水気を絞るときも「これくらいでいいのかな?いやもうちょっとかな?」。今まで培ってきた「勘」ですよね。「おっしゃ!これでいけるわ!」となった瞬間に、魂が入るのです。
高:「魂を込める」ですか…。深いお言葉です。だからこそお客様の心の奥底に響く、『衹園さゝ木』ならではのお料理になるのでしょう。佐々木さんは、お客様の「美味しい以上に、楽しかった!」という言葉を一番望まれている、ということですが、「楽しい」という言葉には、どのような意味があるのかも教えていただきたいです。
“楽しかった”の一言のために、演じ切る2時間30分
佐:僕ね、美味しい料理というものは、どこにでも存在すると思います。料理人は皆それぞれ、筍や松茸の産地へ、また魚を求めて漁港まで買い付けに行ったりする。そんなこと、お客さんにとってはどうでもいいんです。だって、美味しいもんを作るというのは料理人の宿命でしょう? 『衹園 さゝ木』に来ていただいた以上は、ベースには“美味しい”があり、店が醸す空気感、スタッフたちの一体感も重なり合い、「はぁー今日は楽しませてもろたわ」とお客様に言っていただけたら、僕の中では100点なのです。「美味しかったー」だけだと70点。なぜなら、お客様を楽しませないと。僕だけじゃない。スタッフ全員で。それは電話でのやり取りから始まります。ご予約いただいた2日前には、最終確認の電話を入れさせていただく。するとお客様は「『衹園さゝ木』で飯なら、昼飯控えよか」となる。当日、店の前では着物姿の女将が出迎えます。「寒い中、ようこそお越しくださいました」。トイレへ行ったら清潔感が漂っている。10分後に行ってもトイレは綺麗なまま。「ほな今日は、楽しんでいってください!」という僕の声がけと共に、食事が始まります。湯飲みにお茶が少なくなれば、すかさずスタッフが新しいお茶をスーッとお出しする。全スタッフが一枚岩となって、全身全霊を込めて、お客様と向き合うための2時間半。僕が18時半の一斉スタートにした理由は、そこなのです。
高:なるほど。スタッフ全員が、頑張り切るための一斉スタートなのですね。
佐:「2時間半、“一生懸命、演じろ”」とスタッフに言い続けています。ディズニーランドの世界なんですよ。あの施設では、2000人のスタッフにインカムを持たせています。だから迷子の園内アナウンスは一切なく、インカムに迷子の子の情報が流れ、スタッフはつぶさに見つけ出す。また、ディズニーランドのトイレには鏡がないんです。なぜって、変装している自分が鏡に映ると急に現実に戻ってしまうから。ウチの店も同様、お客様に楽しんでいただくための配慮は徹底させないといけないのです。高村さん、ビーフンもしかりですよ。
高:お客様にいかに楽しんでいただくか、ですね。
ビーフンは米
佐:そうです。これからはビーフンを食べた時に「これは面白い食材の組み合わせ!」、「簡単に作れて楽しい!」と、お客様に感じていただけるかどうか。楽しませることってすごく大事だと僕は思います。もう一つ。“ビーフンは米”、そう、私たちの主食は米です。だけど若い世代を中心に、昨今は米離れが顕著。一方で、麺類の売り上げは伸びてきている。そこで出番となるのが“米100%”のビーフンですよ。米を麺に置き換えてあげたら、例えばご飯が苦手だけど麺は好きというお子さんにとって、ビーフンは米の繋ぎ役になる。
高:確かに。栄養価が高い米なしでは、日本の食卓は成り立ちませんから。実は今、国産の米を用いた試作も始めています。
佐:素晴らしい取り組みです!日本の第一次産業は、本当に大変な状況ですから。
高:日本で育てられた会社としましては、日本の米に貢献できることが、私の夢であり目標です。
佐:それはぜひ、近い将来、実現させてください!応援します!
高:頑張りたいと思います。佐々木さん、本日は本当にありがとうございました。